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コルベルク (SMS Kolberg) はドイツ海軍の巡洋艦。コルベルク級小型巡洋艦の一隻。 ==艦歴== コルベルクはエルザッツ・グライフとして発注され、1908年初めにダンツィヒのSchichau-Werke造船所で起工。1908年11月14日進水。1910年6月21日就役〔Gröner, pp. 106–107〕。 就役後、コルベルクはドイツ艦隊の偵察部隊に属した〔。1914年10月14日、コルベルクは敷設巡洋艦ナウティルスと共にフォース湾沖への機雷敷設のため北海へ進出したが、イギリス軍がドッガーバンク沖で活動中であることに気づくと作戦を中止して引き返した〔Woodward, p. 29〕コルベルクが第一次世界大戦で最初に参加した大きな作戦は1914年12月15、16日のスカーバラ、ハートルプールおよびウィトビー襲撃であった。コルベルクは他3隻の巡洋艦と共に第2偵察群に配属されており、その任務はフランツ・フォン・ヒッパー少将率いる第1偵察群の巡洋戦艦部隊の護衛であった〔Tarrant, p. 31〕。巡洋戦艦が砲撃を行う間、コルベルクはイギリス沿岸沖に100個の機雷を敷設した〔Halpern, p. 41〕。帰路天候が悪化したため、巡洋艦は単独で主力艦隊との合流地点へ向かうようヒッパーは命じたが、すでに巡洋戦艦部隊と合流していたコルベルクはそのまま巡洋戦艦部隊と共に航行した〔Tarrant, p. 33〕。 1915年1月24日、ドッガー・バンク海戦に参加。海戦はコルベルクがイギリス巡洋艦オーロラと遭遇したとこから始まり、両艦は砲火をかわし、両軍の巡洋戦艦部隊を戦闘に引き込んだ〔Halpern, p. 45〕。コルベルクはオーロラに2発の命中弾を与えたが、オーロラもコルベルクに2発命中させた。コルベルクに命中した内、1発は水線下にもう1発は水線上に命中し、戦死者2名を出した〔Tarrant, p. 38〕。1915年8月、コルベルクはバルト海へ入りリガ湾の戦いに参加。コルベルクはリガ湾内への攻撃部隊の一部として、3個半水雷艇隊の嚮導艦を務めた〔Halpern, p. 196〕。10日、Utö島砲撃のため巡洋戦艦フォン・デア・タンと合流したが、潜水艦発見の報告が多数あったためドイツ軍は撤退した〔Halpern, p. 197〕。8月15日か16日にロシア潜水艦がコルベルクへ魚雷1本を発射したが外れた〔Polmar & Noot, p. 43〕。 1917年11月、別のリガ湾への攻撃、アルビオン作戦でコルベルクはバルト海に戻った。このときコルベルクは巡洋艦アウクスブルク、シュトラースブルクとともに第6偵察群に配属され、その旗艦であった。1917年10月14日、3隻の巡洋艦はリガ湾での掃海作業の護衛のためリバウから出航した。接近時にロシアの12インチ沿岸砲からの攻撃を受けて一時的に退避を余儀なくされたが、8時45分までにMikailovsk Bankに停泊し、機雷原内に道をつくるための掃海作業が開始された〔Staff, p. 60〕。二日後、コルベルクとシュトラースブルクはリガ湾掃討のため弩級戦艦ケーニヒ、クローンプリンツと合流した〔Staff, pp. 102–103〕。続いて発生した戦闘でドイツの戦艦はロシア戦艦スラヴァを撃破し、グラジュダニーンを湾外へ追い払った〔Staff, pp. 113–114〕。同日、コルベルクはリガ湾内に入りムフ島Woiのロシア軍砲台と13時35分から10分間交戦した。ロシア側からの反撃が無かったためコルベルクは砲撃をやめ14時25分にシュトラスブルクとともにKleinen Soundに停泊。Woiのロシア軍の砲を奪取するため40人の部隊が編成され、15時45分に島に上陸した。そして17時30分までには砲を奪取し使用不能にした〔Staff, pp. 119–120〕。 1918年にはコルベルクは海防艦に格下げとなった。1919年11月5日に除籍され、1920年4月28日にシェルブールでWという名称でフランスに引き渡された。そしてフランス海軍のコルマール (Colmar) として就役〔Gröner, p. 107〕。1924年、コルマールは旧式装甲巡洋艦ジュール・フェリーとともにアジアの植民地巡回任務に割り当てられた。1924年9月、2隻は上海での暴動に対する約1800人の多国籍上陸部隊に人員を派出した〔Waldron, pp. 53–54〕。1927年7月21日除籍。2年後にブレストで解体〔Gardiner & Gray, p. 201〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「コルベルク (軽巡洋艦)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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